在日ムスリムの金融包摂と金融排除に関する総合報告
著者・講師:小関 隆志 氏(明治大学 経営学部 教授)| 外国人適正雇用プラットフォーム 第14回定例研究会報告
第1部:論文「在日ムスリムの金融包摂」
1. はじめに(問題の所在と研究目的)
(1)問題の所在
日本に住むムスリムは約30万人(2023年末)に達し、日本全体の人口に占める割合は0.24%と現時点ではまだごくわずかとはいえ、近年では年20%の割合で急増しています[cite: 12]。街中ではヒジャブを身につけた女性を見かけることが珍しくなくなり、ハラルフードを扱う飲食店も国内に770店舗以上に増え、ハラル認証企業も食品だけでなく運送業やファッション、化粧品など各産業分野に広がりつつあります[cite: 12]。
他方、イスラームの教義に則った金融サービス(イスラーム金融)は、主に中東諸国やマレーシアなど、ムスリムが人口の多数を占める諸国で普及しているものの、イスラーム金融の存在しない国・地域でムスリムが教義に忠実に生活しようとすれば、融資や民間保険といった一般の金融を利用できず、大きな不便や困難を強いられることとなります[cite: 12]。
こうした宗教上の金融排除の問題に関しては、ムスリム人口が比較的多い欧米諸国やインドなどで調査研究が進んでおり、またムスリムに対する金融包摂の取り組みも行われつつあります[cite: 12]。他方、日本ではほとんど研究や議論、実践が行われていません[cite: 12]。
日本におけるムスリムへの関心としては、食品や服装、礼拝といった、日常生活で目に付きやすい要素が中心となっており、大橋(2021)は日本社会と折り合いを付けようと苦心している在日ムスリムの日常や思いを克明に伝えています[cite: 12]。例えば給食、職場での礼拝、店頭でのヒジャブ着用、マスコミ報道による差別・偏見など在日ムスリムの悩みは尽きませんが、これまでほとんど触れられてこなかったのが金融の問題です[cite: 12]。
日本では2005~2015年頃にイスラーム金融が注目を集め、大手企業が進出したものの、それらはすべてイスラーム圏での事業展開を前提としたものであり、国内在住のムスリムは視野の外に置かれたまま「取り残された」存在となっています[cite: 12]。
(2)研究の目的
本稿は、国内のムスリムがなぜ、どのように金融排除に遭っているのかを探ることを目的とします[cite: 12]。小口金融の中でも金額が大きく自己調達の範囲を超える「住宅融資」と「民間保険」に焦点を当て、意識調査(アンケート・インタビュー)を通して実態を解明し、現実的な金融包摂の可能性を検討します[cite: 12]。
2. イスラーム金融の概要と歴史的背景
(1)イスラーム金融の原則と手法
イスラーム金融の基本原則は「リバー(riba)の禁止」と「ガラル(gharar)の禁止」に大別されます[cite: 12]。
- リバー(利子)の禁止: 不等価取引と信用取引(時間の隔たり)から成る金銭の貸借に伴う利子を全面禁止[cite: 12]。背景には不労所得の否定、勤労の重視、搾取や社会的格差の防止という倫理観があります[cite: 12]。実体経済を重視し、「金銭と金銭の交換」ではなく「商品と金銭の交換(転売差益・マークアップ)」という商取引形式(商取引原則)で資金融通を行います[cite: 12]。
- ガラル(不確実性・リスク)の禁止: マイスィル(賭け事)のように運次第で大儲けや大損をする過度な不確実性を禁止[cite: 12]。デリバティブ等の先物取引は禁止されます[cite: 12]。必然的に生じる商売上のリスクは、当事者間で公平に分かち合う「リスクシェア原則」をとります[cite: 12]。
- 禁忌事業の排除とシャリーア・ボード: 豚肉、アルコール、タバコ、武器、猥褻物、賭博等の禁制品を扱う事業への投融資を禁止[cite: 12]。専門家集団(シャリーア・ボード)による個別の判断・認証が必要です[cite: 12]。
(2)歴史的発展と特徴
中世のムダーラバやバイウ・イーナから、近代には欧州型銀行システムに一度置き換わりましたが、20世紀後半(1962年マレーシアのムスリム巡礼貯金公社設立等)から現代的イスラーム金融が誕生しました[cite: 12]。オイルマネーの流入やアジアでの急速な普及により、イスラーム銀行の総資産額は2013年の約1兆ドルから2021年の約2兆ドルへと倍増しています[cite: 12]。ただし、多くのイスラーム国家でも一般金融と併存しており、マレーシアでのイスラーム金融のシェアは41%にとどまります[cite: 12]。
3. 先行研究からみる非イスラーム国家での実態
・イギリス: 欧州のイスラーム金融の中心とされるが、英国イスラーム銀行(Al Rayan Bank)等があるものの認知度が低く、貧しいムスリムのニーズに合致していないと指摘される(Warsame 2009)[cite: 10, 12]。
・アメリカ・オーストラリア・北欧: 宗教性の強さや制度・政策の不足、金融サービスの欠如により、一般の銀行を利用せざるを得ないか、金融から排除されている(Zinser 2019, Sain et al. 2016, Brekke 2018, Kadi 2023)[cite: 10, 12]。
・インド: 1.9億人のムスリムを抱えるが、中央銀行の消極的姿勢や手続の煩雑さにより浸透度は極めて低い(Alam 2015, Fathima 2024)[cite: 10, 12]。
・Demirguc-Kunt et al. (2013) & Ahmed (2018): シャリーア準拠商品は「イスラーム・プレミアム」と呼ばれる割高傾向があり、都市部・高学歴層が好む傾向[cite: 12]。ムスリムの金融選好には宗教性だけでなく、所得、情報アクセス、利便性等、多様な要因が影響します[cite: 12]。
4. 国内ムスリム調査結果(アンケート97件・インタビュー13件)
【融資】 77.3%が多額の出費(引越し、住宅、進学等)を経験[cite: 12]。主な工面先は家族・知人(58.5%)で、金融機関利用は8.5%[cite: 12]。42%が宗教的理由(金利回避)で銀行借入れを避け、そのうち70%が困りごとに直面しています[cite: 12]。80.4%がシャリーア遵守を重視[cite: 12]。
【住宅】 持ち家率は20.6%[cite: 12]。借家等に住む人のうち78.8%が「シャリーア適合住宅ローンがあれば購入したい」、72.0%が「分割払い(割賦販売)で購入したい」と回答[cite: 12]。賃貸契約時に外国人・ムスリムであることを理由に差別・拒否された経験を持つ人が48%にのぼります[cite: 12]。
【保険】 民間保険加入率は41.2%で、一般外国人に比べて10ポイント以上低い[cite: 12]。未加入理由の第1位は「タカフル保険(相互扶助型)がないから」(35.1%)[cite: 12]。タカフル保険があれば92%(無条件49.3%+条件次第)が乗り換え・加入を希望しています[cite: 12]。
5. 考察:住宅購入・保険における3つの処方箋とイノベーション
国内在住ムスリムに対する金融包摂を実現するための代替アプローチとして、以下が提示されます[cite: 12]。
「住宅は人間の基本的人ニーズであり、代替手段がない場合は必要性の原則から利子付きローンを認める」という公式許可(お墨付き)を日本でも適用する手法(ムスリム間で賛否あり)[cite: 12]。
不動産業者が利子ではなく「手数料・販売益」を加えて分割販売する方式[cite: 10, 12]。銀行法の制約を受けず、商法・特定商取引法等の一般商業法下で実施可能(法的制約なし)[cite: 12]。
資本金1,000万円で設立できる少額短期保険制度(保険金額1,000万円以内、期間2年以内)を活用し、相互扶助型の共済・保険商品を提供する手法[cite: 10, 12]。
第2部:スライド資料【前編】「ムスリムの金融包摂について」
1. 比較宗教史にみる「利息(金利)」の扱い
金利に対する規制は、宗教によって明確な違いが存在します[cite: 10]。
| 宗教 | 利息に対する規制 | 根拠文献・歴史的展開 |
|---|---|---|
| イスラム教 | 全面的に禁止 | 『クルアーン』「アッラーは商売はお許しになった。だが利息取りは禁じ給うた」[cite: 10] |
| キリスト教 | 当初禁止 → 15〜16世紀に解禁 | 中世(アクィナス等)は非難[cite: 10]。宗教改革(ルター、カルヴァン)を経て解禁され近代資本主義へ[cite: 10]。 |
| ユダヤ教 | 同胞へは禁止、異教徒へは容認 | 『旧約聖書(申命記)』「外国人には利子をつけて貸してもよい」[cite: 10] |
| 仏教 | 全面的な容認 | 初期文献で金貸しは正しい職業[cite: 10]。奈良時代以降、寺院は「無尽財」等の高利貸し(フィナンシャル・グループ)として機能[cite: 10]。 |
2. イスラム金融の代表的な5大取引手法
- ムラーバハ(売買契約): 銀行が仕入れた商品に上乗せ利潤(マークアップ)を加えて顧客へ転売(割賦・延べ払い)[cite: 10]。最も頻繁に利用されます[cite: 10]。
- ムダーラバ(投資): 一方が資金提供(出資者)、もう一方が事業を担当[cite: 10]。あらかじめ利益分配比率を設定[cite: 10]。損失発生時、出資者は資金範囲内で負担[cite: 10]。
- ムシャーラカ(共同出資): 共同出資による事業組合[cite: 10]。住宅ローンでは「逓減型ムシャーラカ」が使われ、顧客が銀行所有分を買い進めることで所有権が段階的に移転します[cite: 10]。
- イジャーラ(リース): 用益権の取引(賃貸借)[cite: 10]。満了時に買い取る「イジャーラ・ワ・イクティナーウ」は住宅ローンに応用されます[cite: 10]。
- タカフル(相互扶助型保険): 一般の保険(不確実性・賭博・金利運用)を避け、加入者の寄付金を原資とした「相互扶助」の仕組み[cite: 10]。
3. 世界と日本の無利子・協同金融の系譜
無利子金融はイスラム独自のものではなく、公益や相互扶助の思想として世界各地に存在します[cite: 10]。
1820年に小田原藩で設立された「五常講」は日本初の金融互助組織であり、信用金庫の源流です[cite: 10]。「分度(身の丈に合った支出)」と「推譲(余力を他者・未来へ差し出す)」を説き、無利子融資で農村の立て直しと貧困救済(克譲社の仕法等)を実現しました[cite: 10]。
ルドルフ・シュタイナーは貨幣の価値が時間とともに減衰する「老化する貨幣」を提唱[cite: 10]。スウェーデンの「JAK会員銀行」は預金・融資ともに無利子とし、手数料のみで住宅ローン等を運営する会員制協同組織銀行です[cite: 10]。
4. 不動産割賦販売ビジネスモデル案と考慮点
フリーランスや非正規雇用、在留外国人の増加により、一般の住宅ローン審査に通らない「住宅ローン困難人口」が日本でも急増しています[cite: 10]。不動産の自社割賦販売は、ムスリムだけでなくこれらの層にも有効なソリューションです[cite: 10]。
- モデル案: 不動産仲介+ハラル認証(割賦販売・買取付きリース)+生活相談サービス[cite: 10]。宗教色を前面に出さず、日本人やノンムスリムへも市場を拡大することが採算性確保のカギとなります[cite: 10]。
- 課題: 10年以上の長期間割賦の可否、イスラム・プレミアムの許容範囲、国内でのシャリーア・ボード人材の確保、法的整合性[cite: 10]。
第3部:スライド資料【後編・続編】「若手外国人労働者(特定技能・技人国)の金融課題」
続編では、日本で急増する若い外国人労働者(技能実習、特定技能、技人国等)が直面する家計・金融のリアルな実態について、合同会社CONVIの協力のもと聴き取りおよび緊急アンケート(48名対象、2025年7月実施)を行いました[cite: 11]。
1. 若手就労者の意識:「無いものはしょうがない」
インドネシア人労働者等への聴き取りによると、来日時の借入れにおいて金利を気にする余裕はなく、「無いものはしょうがない」と割り切って便利でお得な一般銀行(コンベンショナル)を選択しています[cite: 11]。宗教的理想よりも現実的利便性が優先されています[cite: 11]。
2. 若手労働者が直面する「家計・金銭の3大リスク」
来日直後の最初の1ヶ月分の生活費(約10万円)を用意できずに渡航する人が多発[cite: 11]。母国での月収は2〜3万円程度であり、現地銀行の短期融資は年利15%と高利[cite: 11]。CONVIでは雇用先による無利息の前払い(前借り)を依頼して対応しています[cite: 11]。
家族から月2〜3万円の仕送りを求められ、断れない[cite: 11]。渡航前に十分な話し合いがなされておらず、親が事前に借金して住宅・車・弟妹の進学に使い、本人の送金がその借金返済に回される構造が存在します[cite: 11]。
インドネシアではTokopedia、Shopee等のEコマース(若者の54%が利用)とBNPL(Kredivo, Akulaku等)やPinjol(フィンテック融資)が急拡大[cite: 11]。手軽さから「借金の意識」がないまま衝動買いを重ね、未払い(NPL)や返済困難に陥る若年層(40歳未満が圧倒的多数)が急増しています[cite: 11]。
3. CONVI社アンケート調査データ(N=48)
- 在留資格: 特定技能 44%、技術・人文知識・国際業務 31%、留学 6%、特定活動 2%、その他 17%[cite: 11]。
- 家族との話し合い: 渡航前に家族と話し合った 67%、話し合っていない 24%[cite: 11]。
- 貯蓄・送金: 定期的に行っている 49%、時々行っている 29%、あまりしていない 15%、全くしていない 7%[cite: 11]。
- 収支の把握: よく知っている 44%、だいたい知っている 46%[cite: 11]。
- BNPLの利用: 頻繁利用 10%、時々 6%、たまに 19%、全くしない 65%[cite: 11]。
- 資金不足の経験: 時々経験する 31%、あまりない 29%、全くない 38%、頻繁にある 2%[cite: 11]。
- 返済困難の経験: ある 12%、ない 88%[cite: 11]。
- 定期貯蓄仕組みへの参加希望: 参加してもいい 54%、参加したくない 46%[cite: 11]。
4. 解決に向けた提言:消費システムへの「ナッジ」と事前教育
日本でもBNPL市場は2025年に2兆円規模へ拡大し、若年層の相談件数は年間4.4万件に急増しています[cite: 11]。これは個人のリテラシーや道徳の問題ではなく、「簡単に消費・借金ができるシステムそのものの問題」です[cite: 11]。
・渡航前の「家族を含めた」金融教育: 本人だけでなく親・家族も交え、実際の手取り額と過剰送金防止について合意形成する[cite: 11]。
・行動経済学「ナッジ(Nudge)」の活用: 個人の意志力に依存せず、デフォルト設定(自動定期積立等)や限界前アラート等の「適切な選択へ誘導する仕組み」を構築する[cite: 11]。
PDF資料ダウンロード
本報告に関連する各資料(PDF)は、以下よりそれぞれダウンロードいただけます。